漫画に学ぶ

こんにちわ。もうすぐ32歳になりそうな吉川です。

30代って昔はずいぶんおっさんとおもってましたがいざ自分が30代になるとまだまだやれるな!と思っています!

しかしこの前子供の同級生(5歳児)に「おっちゃん」と呼ばれたときには胸にグサッとなにか刺さりました。。。

年齢とはあくまで指標。そう自分に言い聞かせてまだまだ働きますよ!!汗

いつも真面目そうなブログって患者さんに言われたので今回は私の趣味も交えてブログにしたと思います。

みなさん漫画って呼んだことありますよね?

そりゃありますよね

漫画って男性は特にですが心に残る言葉やシーンってありますよね。

実は漫画って自分の中のバイブルでもあります。実際そういう方ってけっこういらっしゃると思いますよ

今回は漫画に学んだことをズラズラ書いていこう。

①誰が為に鐘は鳴る  ワンピースより

今や国民的いや宇宙的漫画となりましたワンピース。ですが私は自称最初っからこの漫画がくると思っていた勢でして笑

実は漫画が週刊少年ジャンプに掲載されてまだ無名だったころからずっと見てました。

もちろん最初っから面白かったのですがこの漫画が絶対来ると思ったのがこの第五巻なのです。

「誰が為に鐘は鳴る」は五巻の表紙のテーマにもなっている言葉でしてそのときまだ小学の低学年だったためこの言葉の意味が分かりませんでした。

大体の漫画って表紙の絵だけみてタイトルってあんまり見ないですよね。

でもたまたま目に入ってきたのがこの言葉です。

実はこの言葉は有名な著書でもあるアーネスト・ヘミングウェイの作品から引用したとされています。

作品の内容は鏡の前で「OK Google!」って言ってみてください笑

簡単に言うと自分の死が無駄になることを知っていながらも他人を救うという感じです

ワンピースでもそうでした。他人のために自分が犠牲になることを知っている。だけどそれでも彼(ウソップ)は最後までウソをつき続ける。

ワンピースでここを読んだときに「あ、これはすげえわ」と小学生ながら感心していたのを今でも覚えています。

人の生きざま、葛藤、貫く姿勢、やさしさの形などすごく凝縮された内容になっていると思います。

コミックはついに100巻近くまで出ているそうで最近特に面白そうなのですが、もしよろしければ今一度最初から読んでみてこのシーンを見直してみてくださいね!

②どこかも心を留めず、見るともなく全体を見る。それがどうやら、「見る」ということらしい   バガボンドより

この言葉は治療を携わる人間として非常に意識している言葉でもありますし、とても大好きな言葉です。

この漫画は宮本武蔵(旧名たけぞう)の生きざまを描いた作品で、作者はあのスラムダンクの井上雄彦さん。

1998年くらいに登場し、今もなお続いています。

当時スラムダンクの次?に発表されたこともあり結構世の中で騒がれていたことは記憶に新しいです。

今では二刀流などで当時最強と呼ばれることになった宮本武蔵なのですが、最強とは何か?勝つとは何か?生きるとは何か?を描いた作品となってます。

なかなかリアルな描写のため人を選ぶ絵となっていますが是非お勧めしたい漫画です。

その中でも特に私の中に刻まれたのがこの言葉です

この言葉の背景には、武蔵は最強を求めて胤舜(いんしゅん)という相手と対峙します。

しかしこの胤舜。めちゃくちゃ強い。なんてったってあの槍が強い!

ここまで向かうところ敵なしだった武蔵は生まれて初めて「恐怖」を知り敗北?します

そこで武蔵をいつも陰ながら時には人生を教えてくれる沢庵という人に言われた言葉です。

槍が強い胤舜ですが槍にとらわれるな、胤舜という名前に囚われるな、自分に囚われるな、自然に囚われるな。そう「全体」を見ることで結果勝利すること(生き延びること)ができました。

治療でも同じです。患者の訴える症状だけに囚われて治療していては結果はしれています。その人の身体が何を求めるか。その人の心は何を求めるか。はたまた求めていないのか。それを追求していかなければ本当の治療とは成り立たないと自分では思っています。

このバガボンドという漫画。そのほかの名言も多く。私自身人生のバイブル書としても活用しております。

是非一度見てみてください!!

バガボンドを読んだ後はなぜか心が深くなる気がしますよ!

③全は一、一は全。 この世はすべて等価交換。  鋼の錬金術師より

錬金術の蔓延る世界、世の中のものは大抵錬金術でモノを作ったり、壊したりできるとうのが舞台で、これはある兄弟の物語。

その兄弟は父が失踪し、母は病気で亡くなり。小さな兄弟二人だけで生きていく決意をします。

しかしあふれんばかりの文学の才能を持つ兄弟。それはもう同級生などとは比べ物にならないくらいの才能です。そしてある日兄弟の一人がこう思います

錬金術で死んだ母さんをつくれるんじゃないか

錬金術で人を作ることは禁忌とされており、世の中のだれも試したことはないと言われています。

しかし怖いもの知らずの兄弟は自分たちならできる。やってやる。と人間の生態、物質などを調べ上げ母を錬金術で作る準備をしていきます。

そして人間の計算式、構築式が完成し、いよいよ母親を作り出す時が来ました。

しかし、完璧な計算に基づき作られた母はとても人間とはいえない「モノ」でした。

さらに兄弟は錬金術の禁忌に触れたとしてその代償に兄は足と手を、弟は身体全てを失い魂だけ近くになった鎧に移され鎧人間となりました。

そんな兄弟が失った自分たちの身体を取り戻す。また錬金術とはなにかを追い求めるストーリーとなっています。

私はこの漫画は全体を通して犠牲と見返りそれと欲がテーマとなっていると思っています。

なにかを得ればなにかを失う。逆になにかを失えばなにかを得ることができる。これは私たちが生きている世界でも共通していえることではないか

なにをもって犠牲となるのか。はたまたそのものの価値はと常に問いかけてくる漫画です。

ある患者さんも言っていました。

「私は32歳で乳癌になり、片方の乳房を失ってから気づいた。自分がいかに幸せかと。生きているということがいかに贅沢なことなにかと」

人間は大抵なにかを失って気が付きます。しかし失ってから気づいてもそれは返ってきません。

ですがそれらは経験となります。

その経験を次につなげるから、だから人生は無駄なことなんてない。そう言える気がします。

人生で迷ったときにふと読みたくなる。そんな漫画なのです。

漫画を読むと自分の中では納得できることがあるのですが、こうやってアウトプットするってなかなか難しいですね!書いていてとても貴重な経験ができました。

正直私は教科書より漫画で育ってきた人間です笑

でも漫画だろうと侮るべからず!漫画だから気づけること、言えることがあると思います。

というのを言い訳に子供のDVDを借りに行くついでに漫画を借りちゃってますがね!!

ではまた!

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