患者さんに育ててもらった part1

みなさんこんちにわ!

まだ修行時代のころのお話で私はたくさんの患者さんに人間として、施術者として、はたまた父として育ててもらいました。

今回はその中の一つをご紹介させていただこうと思います(気分で連載形式としてpartをつけさせてもらいました)

私の先生は掃除にはとても厳しい方でして、院の前に落ち葉のひとつでも落ちていたらその日会った瞬間にゲンコツが飛んできます。

先生曰く「院の前のごみはお前の中のゴミだと思え」

生まれてこの方、掃除ということに縁がなかった私は当初完璧に掃除したつもりが隅にごみが残っていたり、やったはずなのにのこりっかすがあったりと何度頭をぶたれたか分かりません。

その日は前日に祭りがあり、たくさんのゴミが道に散乱しておりました。私はよっしゃと思って気合入れて作業開始。大量に拾っても他所から飛んでくるのか拾っても拾ってもきりがありません。さすがに限界を迎え時間がせまり、最初の患者さんの準備をしなくてはなりません。掃除を少し残して院内の準備に取り掛かり先生が来ました。

そして案の定私の頭にげんこつをポッカーン

さすがに私も納得がいかずこう言いました。

「先生今日は仕方ないと思いませんか?」と言い返しました。

先生は無視してそのまま白衣に着替えていつものように施術がはじまります。

私はどうも腑に落ちなかったのです。掃除やれるだけやっても他から流れてくるのになんで殴られなきゃいかんのだと。無性に腹が立ったので昼休みになったら先生にもう一度言い返そうとたくらんでおりましたところある患者さんがみえたのです。

その患者さんは右腕がありませんでした。

右腕がないかわりに肩が常に内旋位(肩が中に入り込んでしまう状態)のため身体がうまく捻れず慢性的な腰痛を患っておりました。昔は幻肢痛(この方は常に手が開けない、手を広げれない幻の痛み)に悩まされ、切断当初はまだ20歳ほどで人の目を気にするあまり数年家から出ることができませんでした。その方が言ってくれました。この会話は今でも覚えています

患「この院の前はいつもきれいになっていてすごいね。あなたが掃除しているの?」

私「はい。でも詰めが甘くて先生にいつもどやされてますよ」

患「患者が気持ちよく入れるようにしてくれていつもありがとね」

私「でも今日は汚くてすみません・・・前日に祭りがあって・・・」

患「私ならお祭りがあるって知ってたらいつもより早く来て気合入れて掃除しちゃうのに」

私はハッとしました。

なんで祭りがあるってわかってるのに、なんで汚れるってわかっているのに事前に手を打たなかったんだろう。おそらく先生が言いたかったのは祭りがあるってわかってたらいつもより早く来て掃除することがあたりまえ。患者さんで例えるとこうゆう症状の方がみえるってわかっているのになにも手を打たないことと同じ。と私は少ない脳みそで解釈しました。

私「〇〇さん。ありがとうございます。なんかわかった気がしました」

患「?」

私「実は今日・・・それであとで先生に文句を言ってやろうと考えてたんです。でも○○さんのおかげで自分が間違ってることに気づきました」

患「よくわからないけど、あんたは掃除ができていいねえ。私はもうできないからさ」

私自身の胸にとても響きました。響いたというか刺さったというか・・・。きっと先生もゴミが大量に落ちていることで私の頭をたたいたのではなく事前準備を怠ったことで叩いたこと。何気なく、何不自由なく掃除できる自分の体が五体満足であること。

言葉では言い表せない大切なことを教えてもらった気がしました。

それから私の頭は先生のげんこつの餌食となる回数は減りました。

治療家は常に患者さんの体がどう変化するのか先を読んで行動しなければなりません。

そのため身体の情報を得て如何に準備する、備えるか。

よい準備なくしてよい結果などでないのです。

とてもとても大切なことを教わりました。

掃除って準備なんだなって施術者になってよくわかった気がします。

それではまた!

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