吉川太志のプロフィール

はじめまして。「ほっぷ鍼灸整体院」を経営している吉川太志(よしかわふとし)です。私は今まで累計3万人の患者さんと、患者さんの症状に向き合ってきました。そして、「先生に頼んで良かった」「薬に頼らなくなった」「10年来の持病がよくなった」と患者さんに喜んでもらえています。天職である「鍼灸整体師」をやり、患者さんに喜んでもらえることは本当に、本当に私にとって本当に幸せです。

私はぜひあなたに、このページをしっかり読んでもらいたいと思っています。
なぜなら、いきなり「知らない鍼灸整体院」「知らない先生」に診てもらうのはきっと、あなたも不安だと思うからです。ですから、このページで私がどんな人間なのかを知ってもらいたいと本当に思っています。

私は何がしたいんだろう? 「仙人の導き」が道を決める。

私は1987年4月28日に愛知県あま市に生まれ、両親から十分な愛を注がれました。幼稚園、小学校、中学校、高校と何不自由なく育ててもらいました。野球をやり、友達と遊び、本当に毎日がハッピーでした。

そして、私が今の道「鍼灸師」に進むことになったのはこの高校3年生の時でした。

そのときの私は大きな悩みがありました。それは「就職・進学」についてでした。
高校3年生の就職活動の時期になると、私の仲間はどんどんやりたいことを見つけ「自分の進む道」を決めていきました。

しかし、私にはやりたいことが「何もなかった」のです。私の将来の夢といったら「結婚して生きていければいいや」といった感覚しかありませんでした。そして私は、親や友達に相談することなく一人で悩み続けていました。しかし、答えは全く出ませんでした。

私は、担任の先生に相談しました。私の担任の先生はヒゲが長く、白髪で、不思議な雰囲気を持った人でした。授業中に生徒そっちのけで瞑想をはじめるような「仙人」のような先生だったのです。

 

あるとき先生と面談をしました。そうです。「就職・進学」の話です。私は正直に言いました。「何をしたいのかわからない」と。そうすると彼は10秒ほど沈黙した後、こういいました。「お前は鍼灸師になれ。そういうチカラを持っている」と。私にとって「シンキュウシ」とはまったく聞いたことのない言葉でした。それに「チカラがある」と言われても、この先生は何を言っているんだろう。と思うだけでした。そして私は何もやりたいことのないまま、大学へ進学することを決めました。

夢から遠のく大学生時代

私は無事、東海学園大学に入学することができました。私はこの大学で勉強しながら、やりたいことを探すことを始めました。

しかし、私の「やりたいこと」はいつまでも見つかることもありませんでした。毎日のように遊びに誘われ、私はやりたいことを見つけるどころか、より遠くなっていきました。そして、その不安を紛らわすために、また遊んで・・・。悪循環でしかありませんでした。

しかし、ある夜の出来事です。仲間達とクタクタになるまで遊んで自宅で寝ていたときの話です。なぜか、夢の中で高校の担任の先生が出てきたのです。(あの「仙人」のような人です)そして「お前は鍼灸師になれ。そういうチカラを持っている」と同じ言葉を私に語りかけてきたのです。そして、私がやりたいこと、私が今どれだけサボっているのか気づかされました。

そして、初めて私は両親に相談しました。やりたいことがないこと、担任の先生に言われたことを話しました。両親は「鍼灸師か!おお、いいじゃないか!ついに本気になったか!」と言ってくれました。私は大学2年生の夏に、大学を辞め専門学校に通うことにしました。

4年間で国家資格を3つ取得

愛知県稲沢市になる「中和医療専門学校」に私は入学しました。マッサージ、針、灸、指圧などの専門学校です。同じ志を持つ仲間と共に、同じ目標に向けて進むことができると思うとワクワクしました。そして、針灸などの知識やノウハウを身につけて、すぐに資格を取ってやろうと意気込みは十分でした。

もちろん、その意気込みは一瞬で砕かれました。それは1年生の1学期のテスト(専門学校に入って一番最初のテスト)でした。私はなんと13科目中12科目落ちてしまったのです。(唯一、落ちなかったのはなぜか英語でした。)

そして、両親にも厳しい言葉をかけられました。「お前は人生を舐めている。もしかすると才能がないかもしれないな」と言われたのです。頭をハンマーで殴られたような衝撃がありました。しかし、それは事実でした。悔しくて悲しかったですが、それは事実だったのです。私は舐めていたのです。

そして私は考え直しました。「自分の進もうとしている道は、もっと覚悟して進まなければいけない」と。そして私にエンジンがかかり、猛勉強しました。一般教養はもちろん、解剖学、生理学、針、灸・・・。鍼灸整体師になるために必要な知識やノウハウを死に物狂いで勉強しました。座りっぱなしで勉強していたためか、痔になってしまったことは今では笑い話です(笑)

その猛勉強とダブルスクールのおかげか「柔整師」「はり師」「きゅう師」の3つの国家資格を4年で取ることができました。(3つで6年かかるのが一般的です)この3つの国家資格を取ったことは人生で最も嬉しかったことでした。

私はこのとき、すでに「鍼灸師」になることを強いモチベーションとして生きていました。そして、そのモチベーションをさらに強くすることになった「ある事件」がありました。

その事件とは・・・。

ある事件

その事件はある暑い夜に起こりました。私が実家の自室で寝ているとある強い痛みで目を覚ましました。その痛みはお腹にありました。痛みで身体が固まり、全身から脂汗が吹き出し、少しでも気を抜くと意識を失いかけるような痛みでした。私はなんとか寝ている両親を起こし、「助けて」と訴えました。生まれて初めて救急車で病院に行き、お医者さんに診てもらいました。診断は「尿管結石」でした。私は尿管結石の薬を持ち帰り、それを飲まずに「下剤」を飲みました。

実はお医者さんに診てもらっているうちに、本当の原因がわかってしまったのです。専門学校で、生理学、解剖学、整体、針、灸などの知識を学んでいたおかげです。この痛みは尿管結石の痛みではないと断言できました。

下剤を飲み、体内にたまっていた便を出しました。すると一瞬にして痛みがなくなりました。便秘が原因で腹痛になり、死ぬほど辛い思いをしたのです。

つまり「尿管結石」という診断は誤診だったのです。もし「尿管結石」だという診断を真に受けてしまったら、きっと私はもっと長い時間、苦しい思い(一生、透析治療)をしたことでしょう。その診断結果に私は絶望しました。

そして、私はこう考えました。「お医者さんも人間。間違えることはある。でも、的外れな診断を信じて辛い思いをしている患者さんは誰が助けるのだろうか?」と考えたのです。

私は本当に「死ぬほど辛い思い」をしましたが、今ではこのような事件が起きたことに感謝しています。なぜなら、本当の痛みと本当の絶望を知ったからです。

そして「痛みや苦しみや絶望から解放されたい人のための鍼灸院を作りたい」そして「お医者さんでも治せない痛みや苦しみを少しでも解放する手伝いがしたい」こう考えるようになりました。

「地獄の修行」開始

3年間の学生生活が終わり、私はある鍼灸整体院に就職をしました。ついに鍼灸整体師として仕事をすることになったのです!ついに夢が叶いました!と~っても喜びました。

しかし、人生はそんなに甘くありませんでした。初出勤の日。その喜びが吹っ飛ぶような「地獄の修行」が待ち構えていたのです。

修行1:指を可変式にしなければいけないため、週刊少年ジャンプを朝から晩まで指圧

これをすることで指が曲がるようになり、様々な角度から指圧することができるようになるのです。「ジャンプをグイグイ押すだけでしょ?」って思うかもしれませんが、全力で朝から晩まで押すと、指が悲鳴を上げます。これを毎日6ヶ月間行いました。

修行2:自分の身体全身に針を刺す

指圧の修行と共に、針の修行も行いました。痛みを知るために、自分の身体全身に針をさして「痛みを知りなさい」と師匠に教わりました。実はこれ、本当に怖いのです。自分で自分を差すことになるので視覚的に怖いのです。しかし、それを患者さんは経験することになります。ですから、その痛みや怖さを自分の身体にたたき込まなければいけません。徹底的に6ヶ月間、毎日毎日、自分の身体を刺し続けました。

もちろんこの修行以外にも「言葉遣い」「接客」などについて厳しく、厳しく教わりました。

最初は「なんでこんなことしなきゃいけないんだろう?」と思っていました。しかし、「痛み」を知ることができなければ医療なんて出来るはずがないのです。この修行のおかげで私は医療の厳しさを知ることができたのです。

そして6ヶ月間の修行を終えたとき、私は初めて「患者さん」を触らせてもらうことができました。その患者さんは「腰痛」で悩む50代男性でした。私は今持っている知識、ノウハウを使い、患者さんの痛みに向き合いました。そして、1時間の施術の後・・・。その患者さんは笑顔でこういいました。「君、腕がいいね。整形外科に何年もいってたんだけど、なかなか良くならなかったんだけどね(笑)」

私は嬉しくなりました。私が専門学校に入ってから今まで学んでいたことが、報われた瞬間でした。それからまた6ヶ月間、修行をしながら患者さんを診ました。辛い修行に耐え、師匠には毎日怒られましたが、それでも私の施術が患者さんの為になり、鍼灸整体について学べていることが幸せでした。

しかし、その幸せは私が就職して1年で終わってしまいました。師匠が亡くなられてしまい、閉院することになってしまったからです。

私はこの院でこのようなことを学びました。とても貴重な経験でした。

  • 自分が痛みを知らなければ、患者さんの痛みに向き合う事なんてできないこと
  • 病院で治らなかった痛み、悩みが鍼灸整体で直すことができる可能性があること
  • 鍼灸整体師と患者さんの相性があること。ある先生が治せない痛みは、別の先生が治せるということ
  • これが私の「天職」だということ

そして、ここで私は夢ができました。

それは「自分で鍼灸整体院をやりたい!」という夢です。

「やりたい鍼灸整体院」を実現するためにさらに学ぶ

私は別の医院へ就職しました。その医院は価格が安く、患者さんの回転率に重点を置く医院でした。私が初めて勤めた医院とは全く「逆」のやり方でした。

価格が安く、回転率に重点を置いているためどうしても「患者さんへのヒアリング」がおろそかになってしまったり、施術にムラが出てしまったりしていたため、痛みの根本を解決することよりも、「そのときの痛みを和らげるだけ」の医院でした。

5~6年ほどその医院で勤め、私が目指しているやり方ではないと思い、私は退職することを決意しました。

そこから、さらに私はいろいろな医院に就職をし、学び、そして私が本当にやりたい医院の方針を考えました。それが「ひとりひとりに十分に時間を使える、根本解決を目指す鍼灸整体院」です。

「ほっぷ鍼灸整体院」を開院

私は「柔整師」「はり師」「きゅう師」の3つの国家資格を取得し、複数の医院で修行することで鍼灸や整体について多くのことを学びました。私が診た患者さんは約3万人を超えました。そして、私は「患者さんの症状改善の一歩目になりたい!ホップ、ステップ、ジャンプを応援したい!」という気持ちで開院することにしました。それが「ほっぷ鍼灸整体院」です。

私はあなたのためにこの医院を作りました。もしあなたが「痛みに悩んで苦しんでいる」なら、私に相談してみてください。私があなたのチカラになります。これからも私「吉川太志(よしかわふとし)」と「ほっぷ鍼灸整体院」をよろしくお願いします。

予約・お問い合わせ

もし、体の調子が悪いと感じたらいつでもご連絡下さい。私たちは、あなたに十分な施術時間を確保するため、完全予約優先制にさせて頂いております。必ずお電話、メールで予約状況をご確認下さい。

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